佛眼院について
天台宗 寶興山 佛眼院
桑名最古の寺として、
城下町とともに歩んできた佛眼院。
ご挨拶
佛眼院のホームページをご覧いただき、誠にありがとうございます。
現代は、日々の暮らしに追われ、心を落ち着ける時間を持つことが難しい時代でございます。仕事や家庭、様々な責任の中で、気付かぬうちに心の余裕を失ってしまう――。
そのようなお声を多く耳にいたします。
また仏教は、特別な人のための教えで、「難しい言葉で語られる」という印象があるかもしれません。しかし本来は、この世に生きるすべての人のために説かれたものであり、私たちが少し肩の力を抜いて、日々を穏やかに過ごすための智慧でもあると、私は考えております。
当山におきましては、そうした仏教の教えを、できる限り分かりやすく、そして日常の中で活かしていただける形でお伝えしていきたいと考えております。
私自身、寺院の務めと並行して、エクステリア業を営んでおります。
いわば「二つの世界」に身を置く中で、社会の現場における忙しさや悩み、また人と人との関わりの難しさを、日々実感しております。エクステリアは、そこに暮らす方のことを思い描きながら形を整えていく仕事です。
そして寺院における供養もまた、その方の歩まれた人生に思いを寄せ、心を込めてお勤めするものです。形は違えど、「人を想って向き合う」という点において、私は同じものだと感じております。
そのような経験があるからこそ、仏教の言葉を単なる教義としてではなく、実際の暮らしの中で息づく“生きた言葉”としてお伝えしたいという思いは、人一倍強く持っております。
近年では、後のことに不安を抱えられる方も多く、当山におきましても永代供養墓を通して、大切な方を安心してお任せいただける場でありたいと願っております。
ご縁をいただいたすべての方に対し、心を込めてお守りしてまいります。
また、当山の掲示板の言葉や法要後の法話におきましても、時には親しみやすく、時には少し笑みがこぼれるような表現を交えながら、ふとした折に思い出していただけるような言葉を大切にしております。
お寺は、特別な時にだけ訪れる場所ではなく、いつでも気軽に立ち寄ることのできる、心のよりどころであってほしいと願っております。
どうぞご縁のある折には、ぜひ一度お参りください。
皆様のお越しを、心よりお待ち申し上げております。
住職
佛眼院 五十八世住職
佐後映順
歴史・寺院の由緒
佛眼院は、天台宗の開祖・伝教大師最澄により開山されたと伝えられる、桑名に現存する寺院の中でも最も古い歴史を有する寺院です。古くより桑名は、東海道の要衝として人と物が行き交い、城下町として、また商いの町として栄えてきました。
佛眼院は、そうした賑わいの中心にあたるこの地において、人々の暮らしのただ中で、祈りと供養の場として歩みを重ねてまいりました。江戸時代には、東叡山寛永寺の配下寺院として位置づけられ、天海大僧正の弟子・天尊が第三十四世住職を務めるなど、天台宗の正統な法脈を受け継ぎながら、城下町桑名の信仰を支えてきました。
時代とともに町の姿や人々の暮らしは変化してきましたが、生老病死に向き合い、亡き人を偲ぶ心は、今も昔も変わることはありません。
境内・堂宇
-
[本堂]ご本尊 阿弥陀如来
人手に渡ったことで戦火を逃れ、再び佛眼院へお還りになった『戻り弥陀』。失せ物が見つかるご利益、また大切な物や人が無事に帰るご利益がある仏さまとして親しまれております。
-
伊藤武左衛門実房 墓
桑名市指定有形文化財
桑名東城城主の一族の墓石です。 -
伊藤武左衛門実倫 墓
桑名市指定有形文化財
桑名東城城主の一族の墓石です。 -
梵鐘
桑名市指定有形文化財
鋳物の町桑名ならではの文化財です。 -
喚鐘
桑名市指定有形文化財
鋳物の町桑名ならではの文化財です。 -
双身毘沙門天(秘仏)銅製
太平洋戦争の空襲をうけ、その焼跡から尊像が発見されました。秘仏として密かに安置されていたと思われます。
-
村正墓石
佛眼院の地中により発見された墓石。村正一門の歴史を今日に伝える、極めて貴重な史料です。
-
本堂外陣天井絵
本堂外陣には百八枚の天井絵が掲げられております。いずれも当山檀徒 故 真柄元女氏の御筆によるもので、その篤き信心の結晶として奉納されました。
-
永代供養「法喜禅悦」
永代供養合祀墓の象徴となる五輪塔。時代や人の世の移ろいにかかわらず、祈りの光が絶えることなく照らし続けることを意味しています。